2013/10/20

眠る















































静かな部屋の中。
受話器の向こうからは呼び出し音だけが鳴り続けている。


アイビー「・・・・。」















小さくため息をついて、アイビーが電話を切る。


アイビー「 (ロミオとちゃんと話したい・・・。) 」

















アイビー「 (あの時私が動揺しないでちゃんと話を聞いてあげていれば・・・ロミオだって逃げないで向き合ってくれたかもしれないのに・・・・。今日はもう帰ってこないつもりなのかな・・・・。) 」
















アイビー「 (ううん・・・朝になったらきっと帰ってくる。先に寝て待ってよう・・・。) 」

















サイドテーブルに携帯電話を置いてベッドへともぐりこむ。



















ロミオがいつ帰ってもいいようにリビングの電気はつけたままで、寝室の明かりだけ消して眠りにつくアイビー。
しばらくすると小さな寝息が聞こえ始める。
















それから半刻ほどたっただろうか。
突然サイドテーブルの上の携帯電話が鳴り響く。

















アイビー「ん・・・・(ロミオかな・・・・。) 」


目を覚ましたアイビーがベッドから起き上がる。















アイビー「もしもしロミオ・・・?」


少し寝ぼけたままの掠れた声で電話に出る。


マスター『アイビー?ロミオが・・・。』

アイビー「マスター?ロミオ、お店にいるの?」

マスター『今病院に運ばれて・・・すぐに来れる?』









アイビー「え?病院?」

マスター『事故なの。車にはねられて・・・・今手術室に・・・。』





































アイビー「マスター!」

マスター「アイビー・・・。」

















アイビー「ロミオは?なにがあったの?」

マスター「かなり酔っ払ってたし、今日はうちに泊めるつもりだったのよ。なのに私の忠告も聞かないで・・・。」
















マスター「あなたからの電話を受けて会いに行こうとしたみたいなの。それで店を出たところを・・・タクシーに・・・・。今タクシーの運転手から警察が事情を聞いているわ。」

アイビー「ロミオは大丈夫なの?」

マスター「それがね・・・。」














マスター「手術はもう終わったんだけど・・・・。アイビー・・・・落ち着いてよく聞いてね。」

アイビー「・・・・。」

マスター「ロミオがね・・・。」













ドアが開いて青い手術着を着た医者が出てくる。


医者「婚約者の方ですか?」
















アイビー「はい。」

医者「雨の中大変でしたね。あなたより先にお見えになった方が、子供の頃からのつきあいで家族のようなものだとおっしゃって、親族はいないようなので先に中へ入ってもらいました。」














アイビー「先生、ロミオは大丈夫なんですか?」

マスター「・・・・。」

医者「すみません。手は尽くしましたが・・・。」















医者「病院へ運ばれたときにはもう意識もなく・・・・。内臓破裂で・・・・残念ながらお亡くなりになられました。」


















アイビー「え・・・・。」

医者「内部の損傷はかなりひどかったのですが・・・なぜかお顔は傷ひとつなくとても綺麗です。安らかな表情をしていらっしゃいますよ。」















医者「救いにはならないでしょうが、あまり苦しまなかったのかもしれません。」

アイビー「 (なに言ってるのこの人・・・。) 」















アイビー「 (ロミオが死んだ・・・・?嘘でしょう・・・?) 」


医者の声が遠くに聞こえる。


アイビー「 (みんなで私のことを騙そうとしてるの・・・?番組のドッキリかなにかなの・・・?) 」













マスター「・・イビー。アイビー?」

アイビー「あ・・・・。」

医者「お会いになられますか?」

アイビー「・・・・はい。」












マスターを残して二人が中へ入る。
小さなベッドがひとつ。
その横にミランダがうずくまっている。

















アイビー「 (なにこれ・・・・ミランダさんまで呼んで・・・・ドッキリにしては大掛かりすぎない・・・?) 」

医者「私は出ていますので。」

アイビー「・・・・。」














医者がドアを開けて部屋から出て行く。
アイビーは立ちすくんだままベッドの上を眺めていた。

















ミランダ「ふふっ・・・・あなた・・・信じられる?」


それまで黙っていたミランダが独り言のようにつぶやく。















ミランダ「先に逝くのは絶対に私のほうだと思ってた・・・・。どうして急に・・・・・最後まで残酷な人。」
















アイビー「・・・・。」


アイビーはただ黙ったままミランダを見つめる。
















声も出さずにミランダが小さく肩を揺らす。
泣いているのが見て取れた。
アイビーがゆっくりとベッドへと近づく。
















ベッドの脇に立ち、横になっているロミオの体を見下ろす。
胸の蠍のタトゥーが目に入る。

















アイビー「 (ロミオのタトゥー・・・・。ロミオ・・・・急に起き上がって私のこと驚かすつもりなんでしょう・・・?) 」


















ゆっくりと手を伸ばす。


アイビー「 (これを取ったら・・・・きっと・・・・。) 」
















小さく震える手でそっと顔の上の白い布をはずす。





































ミランダが小さくすすり泣く。


アイビー「 (ロミオ・・・・どうして目を開けないの・・・・?) 」

















アイビー「 (ねぇ・・・なにか言ってよロミオ・・・・。黙ってないで・・・・。) 」













 





アイビー「 (起きてよロミオ・・・・お願いだから・・・・。) 」



















薄暗い曇り空。
9月のブリッジポートには冷たい風が吹いていた。




















ブリッジポート永眠墓地。
静かに佇む人々。
時折すすり泣く声が聞こえる。



















喪主であるアイビーが棺の前に立つ。

















どこかぼんやりとした表情で棺を見つめている。
その瞳に涙はない。

















後ろにはアイビーの親族が立ち並んでいる。
ロミオと一緒に仕事をしていたサマンサは泣き崩れている。
ディーンの傍に立つラトーシャがそっとアイビーを伺う。


ラトーシャ「・・・・・。」














ジーンはマロンやギルバートと一緒に後方に立っていた。
ジーンもまた、アイビーのほうを見つめている。


















ジーン「・・・・・。」







































ミランダ「アンナはどうしたの?」

リリィ「駆け回ってるわ。一ヶ月分の仕事をキャンセルするためにね。」

ミランダ「そう・・・。」














リリィ「あんたは?」

ミランダ「・・・なにが?」

リリィ「大丈夫なの?」

ミランダ「ええ。」












ミランダ「泣いてる暇なんて・・・私にはないもの・・・・。」

リリィ「・・・・。」

















ミランダ「ねぇリリィ。」

リリィ「なに?」

ミランダ「頼みがあるの。このあと時間ある?」













リリィ「・・・・ええ。もちろんよ。」




































一週間が過ぎた。


















ロミオの自宅前には数人の報道陣がいた。


女性レポーターA「いつになったら出てくるのよ。」

男性カメラマンA「さぁ・・・。」












女性レポーターA「まったく・・・一週間たっても本人は出てきやしないわね。」

男性カメラマンA「そうっすね~。出入りしてるのは親兄弟だけでしたね。」

女性レポーターB「あっちも必死ね。」













男性カメラマンB「残ってるのももううちとあいつらだけですしね。昨日まではあと2社いたのに。」

女性「今朝の立てこもり事件でそっちに流れたんでしょ。昨日いた2社は芸能関係そんなに力入れてるような雑誌社じゃなかったしね。」

男性カメラマンB「うちらは帰るわけにいかないですもんね。」

女性レポーターB「視聴者が主婦中心のお昼の番組だもの。芸能ネタは視聴者がとびつくわ。特にこういった悲劇のヒロインみたいな話はね。」








女性レポーターA「誰か来たわよ。」


タクシーへと全員の視線が集中する。















中から降りてきたラトーシャへと一斉に駆け寄る。


女性レポーターA「アイビーさんのご友人の方ですか?」

女性レポーターB「彼女の現在の様子をお聞かせ願えますか?」













ラトーシャ「・・・・。」

女性レポーターA「婚約者の方が亡くなられて塞ぎ込んでいらっしゃるのではないですか?視聴者の皆さんも心配されていらっしゃいます。なにか一言でもお話をお聞かせください。」

女性レポーターB「婚約者のロミオさんは雑誌のカメラマンでしたよね?ロミオさんは女性関係が激しかったとモデルの間でも有名だったそうですが、アイビーさんはご存知だったんでしょうか?」










ラトーシャが明らかにむっとした表情を浮かべる。


ラトーシャ「 (そんな根も葉もない噂ばっかり・・・・。今度のことでアイビーに嫉妬したモデルたちが嘘の情報流してるって、マロンさんが教えてくれた。芸能界ってホント汚いところね。) 」













女性レポーターB「アイビーさんの今後の人気にも関わってくると思いますが、彼女の名誉のためにも本当のことをお聞かせください!」

女性レポーターA「せめてあなたのお名前だけでもお聞かせ願えますか?」

女性レポーターB「お願いします!一言だけでいいので・・・。」


無言のままラトーシャが中へ入っていく。









女性レポーターA「あ~あ。結局今日も収穫はなしね。」

男性カメラマンB「今日はもう帰りますか。」

女性レポーターA「そうね。・・・それにしても、あの女何度か見かけたけどいったい誰なの?」












男性カメラマンA「双子の兄の嫁さんですよ。アイビーとも小さい頃からの親友らしいです。」

女性レポーターA「あら。あなたよく知ってるわね。」

男性カメラマンA「一応下調べしてありますからね。」

女性レポーターA「さすがね。この前までフリーのパパラッチだったんでしょう?」

男性カメラマンA「任せてください。モデル関係は強いんです。」

女性レポーターA「うちの雑誌社は芸能ネタが中心だから。その調子でがんばって。」

男性カメラマンA「はい。」








女性レポーターA「あっちはお昼の主婦番組だったわね。」

男性カメラマンA「はい。むこうも明日の分撮って今日はお開きでしょうか。」

女性レポーターA「そのようね。私たちも引き上げるとしましょうか。」

男性カメラマンA「そうですね。」










女性レポーターB「こちらはアイビーさんと婚約者の方の自宅前です。」
















女性レポーターB「あれから一週間たちますが、彼女はいまだに出てくることはありません。沈黙を貫いたままです。」
















女性レポーターB「婚約者の突然の事故後、彼についていろいろな情報が飛び交っていますが、本当のことはいったいどうなんでしょうか?彼女の口から語られる時はくるのでしょうか?」
















女性レポーターB「モデル仲間や芸能関係者からも評判がよかったアイビーさんですので、一刻も早い仕事復帰を望む声が聞こえています。」

女性レポーターA「心配そうなフリして、ホントはこのネタに食いついてるくせにね。」












男性カメラマンA「報道関係はどこもそうですね。自分は社員になって少し嫌気がさしてきてます・・・。」

女性レポーターA「そんなものよ。ネタになればなんでも飛びつくし、嘘の情報でも面白おかしく書く。売れりゃあそれでいいのよ。視聴者が喜べばそれでね。」

男性カメラマンA「そうですね・・・。」











マスター「ご苦労様。」

ラトーシャ「マスターこそ・・・疲れてないですか?」
















マスター「私は大丈夫よ。店も閉めてるし。」

ラトーシャ「大丈夫なんですか?」

マスター「今日から開けようかと思ってたところ。そう休んでもいられないものね。」

ラトーシャ「そうですよね。・・・アイビーの様子はどうです?」












マスター「さっきようやく寝付いたところよ。私の特製ホットミルクが効いたみたい。」

ラトーシャ「そうなんですか。よかった・・・。」

マスター「全然眠れてなかったみたいだものね。」













ラトーシャ「昨日までご両親やサマンサさんがいてくれたのはよかったけど・・・アイビーも気を使って逆に疲れちゃったのかもしれませんね。」

マスター「そうね・・・。家族だからこそ、心配かけないようにってね・・・。あの子は周りのことばかり気にするものね。」

ラトーシャ「はい・・・。だから心配です。」










マスター「あなたも疲れたんじゃない?今朝空港までアイビーのご両親を送っていったところでしょう?」

ラトーシャ「ええ。家のこともやってきたのでもう大丈夫です。今夜はここに泊まるつもりですし。」

マスター「そうなの?じゃああと任せて大丈夫?」

ラトーシャ「もちろんです。」









ラトーシャ「適当に買ってきたのでこれから夕飯作ろうと思うんですけど、マスターも食べていきません?」

マスター「ありがとう。でもそろそろお店開ける準備しなくちゃいけないのよ。今日は大事なお客さんが来そうな予感がするから。」














ラトーシャ「そうなんですか?」

マスター「アイビーに栄養のあるものを食べさせてあげて。あなたは腕がいいからあの子も喜ぶでしょう。」

ラトーシャ「ありがとうございます。」













マスター「できればまだあの子を一人にはしたくないの・・・。申し訳ないけど、あなたももう少しだけ協力してね。」

ラトーシャ「もちろんです。」

マスター「明日の午前中はマロンも来るって言ってたけど、私も一度顔を出すわね。」

ラトーシャ「はい。」

マスター「じゃあ私はもう行くわね。」









ラトーシャ「お気をつけて。」

マスター「またね。」


マスターが階段を降りていく。













玄関の閉まる音を確認してからラトーシャがキッチンを離れる。


















寝室の入り口の前で立ち止まる。
ベッドでアイビーが寝ているのが見える。
















小さな寝息が聞こえてくる。
アイビーの顔は少し痩せたように見える。
















ラトーシャ「 (愛する人を突然失うなんて・・・・どんなに苦しいだろう・・・・。私なら・・・・耐えられる自信がない・・・・。) 」















ラトーシャ「 (なのにアイビーが泣いてるところを一度もみてない・・・・。アイビー・・・・あなたが心配よ・・・・。) 」